「工夫で、よいものづくりを」つまみかんざし職人 穂積 実さん
優しい手触りと可愛らしく華やかな表現が特徴で、髪飾りや帯留めなどに使われることが多い「つまみ細工」。
七五三や成人式、結婚式など、お祝いのシーンを彩る髪飾りとして人気があります。着物や和装に合わせて身に着ける方が多いですが、昨今のハンドメイドブームにより、ピアスやイヤリング、ブローチなどつまみ細工を使ったアクセサリーも多く見られるようになりました。
今回は、つまみかんざし職人 穂積 実さんのインタビューを通して、つまみ細工について、伝統を受け継ぐ職人の想いをご紹介いたします。
つまみ細工とは
つまみ細工は、小さな正方形の布をつまみ、折りたたみながら形を作り、台紙の上で四季折々の花鳥風月を形作る伝統工芸です。その歴史は古く、江戸時代に宮中の女官や大名の奥女中が趣味として楽しんでいた和小物の技法がはじまりと言われています。
■丸つまみと剣つまみ
つまみ細工には、2種類のつまみ方が用いられます。一つ目は、愛らしい優しい花びらの丸つまみ(画像左)。もう一つは、スッキリした印象の花びら剣つまみ(画面右)。表現したい印象に合わせて作られていきます。
■重ねと端切り
つまみ方とあわせて、布の種類や大きさ、色合いを工夫しながら、2つの技法も応用することで様々な表情を生み出します。
「重ね」は、外側と内側の布を変えて作る技法で、豊かな色彩を表現することができます。「端切り」は、布を切ることで高さを低くする技法です。切る角度を調整することで様々な表情を表現することができます。
工夫で良いものを作る、それが“職人”
これらの伝統技を大切に受け継ぎ、時代に合わせて改良と工夫を凝らしながらつまみ細工を60年以上作り続けているのが、つまみかんざし職人の穂積 実さん。
職人 穂積さんにとって、“よいものづくり”とは?
■修業時代
きっかけは、叔父に誘われたことでした。修行時代は、作業の助手と子守と掃除が主な仕事。とにかく作業が遅かったので、親方から「もっと早うやれ!」と言われていました。
今思えば、早くというのは、スピードではなく工夫をしろということだったのかなと思います。「もっとこうした方が良くなるのではないか」そんなことを日々考えながら試行錯誤する毎日でした。
例えば、当時はテコがないので、台紙を作るためにまず炭おこしから始まります。七輪で炭をおこして新聞紙を丸めて薪を作って…かなり時間のかかる作業を毎日していました。
そんなとき、ふと、「なぜ、明日の分をやらないのか?」という疑問が湧いたんです。自分が独立した暁には、もっとうまくやろう、工夫はとにかくしないといけないと思いました。
■工夫から生まれた、求められるものづくり
独立後、型を作ってプレスで抜いて、七輪で火を起こして…という作業を同時に行いました。千枚も二千枚も。そうすると、親方のところは月に300枚くらいだったのが、私は5日で300枚出来ました。やはり、ものづくりにおいて、いかに工夫が必要かを実感した瞬間でした。
他にも、ゆらゆら揺れる「さがり」では、1本作るのに木の台に紐の先端を固定して組むのが一般的ですが、どうしても歪んだり曲がったりしてしまうのが難題でした。そこで、台をプラスチックに変更すると、紐が後できれいに剥がれてくれるので、素早く簡単につけることができました。周りからは、「なぜ穂積さんのはまっすぐなんだ」と評判になりました。
もう一つ、「星形台紙」という台紙も考案しました。
通常は丸い台を使いますが、丸井と花びら一つ一つが起きてしまい、お猪口のように花びらが内側を向いて委縮しているような印象になってしまうのがあまり好きではありませんでした。
そこで、台紙を星形にすることで、つけた後の花びらが平らになり、花びら一つ一つが堂々とのびのびとした表現になりました。均一な花ができるということ、作りやすいということ、花弁の間に光ったところが見えて角度によって表情が変わる。何より、だれがやっても同じ形になる工夫、これは大成功でした。
これは私の持論ですが、
手間をかけていいものを作るのは名人のやること。私は職人ですから、なるべく手間をかけないで、見栄えのするものを作ることを心がけています。
工夫で手をかけずに、世の中に求められるものを生み出せるか、それが「良い品物」だと思っています。
<つまみかんざし職人 穂積 実さん>
1936年福島県郡山市生まれ。16歳のころにつまみかんざしの名人、故石田竹次氏に弟子入りをし、厳しい修行を経て独立。
その後はつまみかんざしの創作・製造に60年以上携わり、今なお作り続けていらっしゃいます。そのこだわりの品々は、東京都の伝統工芸品に指定され、千葉県の卓越技能賞をも受賞しました。